仙台高等裁判所 昭和42年(う)49号 判決 1967年9月11日
主文
原判決中、被告人佐々木長治に関する部分全部を破棄する。
右被告人佐々木長治に関する部分を盛岡地方裁判所に差し戻す。
(以下省略)
理由
第一、被告人佐々木長治に関する各控訴趣意に対する判断
一、弁護人の控訴趣意第一点の第一(事実誤認)および第三点(訴訟手続の法令違反)について、
所論は要するに原判決は、被告人佐々木長治に対し、原判示第三において、受供与並びに饗応接待および事前運動の各事実を認定したが、原判決の挙示する各受饗応者の検察官に対する各供述調書は、各受饗応者の証人尋問実施前、検察官において弁護人に対し予め該供述調書を閲覧させずに主尋問をなしたため、弁護人は、該供述調書の内容に関する反対尋問をなすことができず、閲覧後、別の機会に反対尋問をなすため反対尋問権を留保したにもかかわらず、証人松浦金太郎、同竹村元次郎、同佐藤ミツ、同芳平福蔵、同佐々木清十郎、(佐藤清一郎とあるのは誤記と認める。)同堤忠吉、同佐藤久助、同佐藤ヨシヱ(ヨシエは誤記と認める。)、同滝沢スミ、同堤秀夫、同佐藤三男については、いずれもその反対尋問の機会を与えることなくして、右各証人らの検察官に対する各供述調書を刑事訴訟法三二一条一項二号後段の証拠書類として採用決定をなしたのであつて、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があり、また原判決の挙示した各検察官調書長は、同法三二一条の要件を欠く証拠能力のないものである。すなわち、これらの供述調書は、検察官において短時間のうちに作成されたもので十分事実を聴取して供述者の供述を録取したものではなく、また完全な読み聞けが行なわれておらず、供述者の押印も、供述者自身にこれをなさせずに検察官において供述者から印章を借りて押したものも多数存在し、また署名押印の際調書が綴られていなかつたものもあり、かかる証拠能力のない検察官に対する供述調書により事実認定をなし、それらの者の公判廷における供述を全く無視してなした事実認定は誤認であり、なおまた同被告人には小林清の当選を得しめる目的は全く存せず、受饗応者においても、そのような認識は全くなかつたのであり、さらに小林清が立候補の決意をなしたのは、事実は昭和三八年三月二一日であるから、本件において事前運動の成立する余地は全くなく、したがつて原判示第三の(二)((一)とあるのは誤記と認める。)(1)(2)につき原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があり、以上いずれの点よりするも原判決は破棄を免れない、と主張するのである。
よつてまず、各論旨中、訴訟手続の法令違反の点につき審究するに、検察官請求の証人尋問に際し、検察官が主尋問をなす以前において、当該証人が先に検察官の面前においてなした供述調書を予め弁護人に閲覧させることを要するかどうか、また本件において検察官が当該証人に対し主尋問をなした後、弁護人に対しその者の検察官に対する供述調書を閲覧する機会を与えたかどうかの点はさておき、記録を調査するに、所論指摘の証人のうち、同松浦金太郎、同竹村元次郎、同佐藤ミツ、同芳平福蔵、同佐々木清十郎については、いずれも原審第七回公判廷において、検察官の請求により証拠決定がなされ、同第八回公判廷において、まず検察官の主尋問がなされたところ、当該公判手続調書証拠関係カードの結果欄には、右いずれの証人も「取調済」の記載がなされてはいるものの、右いずれの証人の公判供述調書の末尾にも、主任弁護人から、「反対尋問は検察官調書閲覧の上後日行うことにしたい」旨なされた陳述の記載があり、所論指摘のその余の証人のうち同堤忠吉についても、同第八回公判廷において、同様証拠決定がなされ、同九回公判廷において、同様主尋問がなされたところ、当該公判手続調書証拠関係カードの結果欄には、前同様「取調済」の記載がなされてはいるものの、右証人の公判供述調書の末尾にも、主任弁護人の前同様の陳述の記載があるのである。但し所論指摘の証人のうち同佐藤久助、同佐藤ヨシヱ、同滝沢スミ、同堤秀夫については、同第九回公判廷において同様主尋問がなされた後、主任弁護人の反対尋問のなされた形跡は見当らないが、反対尋問を留保する趣旨の記載がなく、またこの点について主任弁護人から調書の記載の正確性について何等異議の述べられた形跡が認められず、証人佐藤三男については、同第九回公判廷において、検察官の主尋問の後、主任弁護人から比較的詳細な反対尋問がなされており、しかも反対尋問を続行したい旨の記載すらなく、右反対尋問を留保ないし続行する旨の記載のない右各証人については、前掲証拠関係カードの結果欄に「取調済」の記載がなされているところである。(ちなみに、原判決が原判示第三の(二)事実認定の証拠に供した刑事訴訟法三二一条一項二号後段の書類関係の証人の取調に当り、主任弁護人において反対尋問権を留保したと認められる証人としては、所論指摘の証人のほか、なお同第七回公判廷における証人佐々木市太郎、同橋本由男、同佐藤与八郎、同佐々木要助の存することが認められる。)所論指摘の証人のうち、主任弁護人が明らかに反対尋問権を留保したと認められる証人は前叙のとおりであるところ、その後の各公判手続調書を検閲しても、右各証人について反対尋問権行使の機会が与えられた形跡が認められず、依然反対尋問権留保のまま公判期日が続行されたにもかかわらず、原審は、右各証人に関し検察官から刑事訴訟法三二一条一項二号後段の書面として取調請求のなされた、当該証人の検察官に対する供述調書をその第二六回公判廷において、主任弁護人の右の点に関する異議を棄却したうえ、あえて取調をなし、これらを原判示第三の(二)(1)(2)の事実認定の証拠に供したことが認められるのであつて、原審としては、主任弁護人に対し、よろしく反対尋問権行使の機会を与えるため、反対尋問留保中の当該証人の再召喚を求めるかどうかを確かめ、然る後検察官調書の採否を決定すべきであつたのにこれをなさず、受饗応者についての重要証拠を安易に採用し、事実認定の証拠に供したことは、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反があるといわなければならない。もつとも、原審第四回公判調書によれば、同公判廷において検察官請求の証人山口清市郎の尋問がなされたところ、同証人については、同公判廷において、主任弁護人から反対尋問権の留保のなされた形跡が認められないのに、同第二〇回公判手続調書の記載によれば、主任弁護人から、積極的に、反対尋問のため証人山口清市郎を再召喚せられたい旨求められ、原審が同第二一回公判廷に同証人を再召喚をなしたうえ、主任弁護人において尋問を終えたことが認められることに徴すれば、主任弁護人において、反対尋問権を留保した前示各証人について、右山口証人についてと同様積極的に、反対尋問のための再召喚を求めた形跡が記録上認められないところから、あるいは主任弁護人において反対尋問権を放棄したと見る見解も考えられないではないが、原審第二六回公判手続調書証拠関係カードの記載によれば、前叙のとおり検察官の取調請求をなした刑事訴訟法三二一条一項二号後段の各書類に対し、弁護人から明らかに当該証人の反対尋問が未だなされていない趣旨の異議申立がなされている以上到底右見解は採用できない。ところで原判決は、原判示第三の(一)および(二)(1)(2)の各事実につきこれを併合罪として一個の主文を言い渡しているから、同被告人に関する有罪部分は、同被告人についてのその余の控訴趣意に対する判断を待つまでもなく、全部破棄を免れない。
(以下省略)
よつて、被告人佐々木長治については、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により、同被告人に関する部分全部を盛岡地方裁判所に差し戻すこととし、その余の各被告人については、同法三九六条により本件各控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。(矢部孝 佐藤幸太郎 阿部市郎右)